僕には、人の顔色ばかり窺ってしまう癖がありました。自分を出すことが怖く、その場の空気や相手の意見に合わせてしまいがちでした。思い返してみると、人生のあらゆる場面において僕は受動的で、主体性がなかったように思います。自分の気質や与えられたもの・環境などに対しても「元々こういう気質だから」「こういう環境だから仕方ない」という捉え方をしてきたからです。
これまでの僕は、「どうすべき?」と自分に問う事が多かったです。今ある環境や対人関係の中で、「どう振る舞うべきか?」「どう在るのが自然か?」という風に。しかし、僕はそういう問いをし続ける限り、自分以外の誰かの為に・または社会的なモラルや常識の為に生きる事しか出来なかったのです。

それに気付いてからは、「どうすべき?」ではなく「どうしたい?」と自分に問うようになりました。不安や恐れの声は無視して、「こうしたい!」という声を一生懸命通すのです。最初はとても怖かったけれど、今は少しずつ慣れてきて、自分の心に沿った選択を増やすことができています。 このように、自分自身を「どうすべき?」で縛るのではなく、「どうしたい?」と聴いてあげる事が自分の心を満たしてくれるのだと思います。
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